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最高裁判所第二小法廷 平成5年(あ)946号 決定 1995年3月27日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人齋藤實及び同松江頼篤の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であり、被告人本人の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

なお、所論のうち、差戻し後の第二次第一審の審理手続が刑訴法二八九条一項に違反するとの主張について、職権をもって判断する。

一  差戻し後の第二次第一審判決及び原判決(第二次控訴審判決)並びに記録によれば、本件審理の経過は、次のとおりである。

1  差戻し前の第一次第一審の経過

本件は、暴力行為等処罰に関する法律違反(常習傷害・暴行・脅迫)、住居侵入被告事件として起訴されたいわゆる必要的弁護事件であるところ、第一次第一審である大津地方裁判所における審理は、昭和四四年四月から昭和五四年三月までの約一〇年間に及んだ。この間、被告人は、公判期日への不出頭や勾引状を執行不能にさせる出廷拒否を重ねながら、裁判官忌避申立て(一八回)、書記官忌避申立て(一回)及び管轄移転の請求(一三回)を繰り返し、国選弁護人に対しては、公判期日への不出頭を要求し、裁判所にその解任を請求するなどした。このため、国選弁護人の選任、解任が繰り返され、延べ八名の国選弁護人が審理に関与したが、最後に選任された国選弁護人二名も辞任届を提出して公判期日に出頭しなくなったところから、裁判所は、第二六回公判期日において、被告人及び弁護人の立会いがないまま、被告人の身上調査回答書及び前科調書を取り調べ、不出頭の証人(被告人の妻)の採用を取り消し、検察官が論告求刑を行って結審した上、第二七回公判期日に、懲役一年六月の有罪判決を宣告した。

2  第一次控訴審の経過

被告人からの控訴申立てにより、大阪高等裁判所において、昭和五四年九月から昭和五六年一二月までの間に七回の公判期日が開かれたが、被告人が当初選任した私選弁護人二名は、公判期日に出頭しないまま辞任する一方、被告人は、裁判官忌避を申し立てたり、選任された国選弁護人二名に対する解任請求を繰り返したりして、公判期日に一回も出頭しないまま、結審を迎えた。同裁判所は、第一次第一審が弁護人の立会いがないまま実質審理をした点に違法があるとして、第一次第一審判決を破棄し、事件を原審である大津地方裁判所に差し戻した(第一次控訴審判決)。

3  差戻し後の第二次第一審の経過

(一)  差戻しを受けた大津地方裁判所において、昭和五七年一〇月から昭和五九年二月までの間、一六回の公判期日が開かれたが、被告人は、昭和五八年一〇月保釈取消しにより収監されるまで、裁判所からの送達書類の受取りを拒否し、郵送された書類は開封しないまま返送するなどして、公判期日に出頭せずに、疎明資料のない公判期日変更請求を繰り返し、収監された後も、公判期日に三回出頭した以外は、出廷拒否を重ねたほか、裁判官忌避申立て(一二回)及び管轄移転の請求(二回)を繰り返した。

(二)  当初の国選弁護人二名は、いずれも第一回公判期日に出頭したものの、その後は、本件の紛糾の原因が裁判所にあるなどとする意見書等を提出したまま公判期日に出頭せず、辞任届を提出したため、裁判所が滋賀弁護士会に刑訴規則三〇三条二項による処置請求をした結果、同弁護士会は、会長である北川和夫弁護士及び遠藤幸太郎弁護士を推薦した。裁判所は、当初の国選弁護人二名を解任して、北川、遠藤両弁護士を国選弁護人に選任した。

(三)  新たな国選弁護人の選任を知った被告人は、昭和五八年七月一五日、北川弁護人の自宅に押し掛け、その妻子に対し、約四時間にわたり、「おやじが法廷に出ないように言っておけ。」と要求するなどし、同年九月一八日には、その妻に対し電話で、「裁判になれば、わしの家族も不幸になるが、おまえのところの家族の両手がそのままあると思っていたら大間違いやぞ。」などと脅迫し、同日午後一〇時半ころには、同弁護人の自宅に押し掛けて、その胸倉をつかまえ、「今日はケリをつけたるから外へ出ろ。」などと言って、同弁護人を外へ連れ出した上、翌日午前一時ころまで、右電話によるのと同様の脅迫を行い、心配して駆けつけた遠藤弁護人に対しても、同日午前二時半ころまで同様の脅迫を続けた。さらに、被告人は、同月二一日にも、両弁護人に対し、同様の脅迫行為を繰り返したため、北川弁護人は、裁判所に対し、被告人による脅迫を理由として辞任を決意した旨の上申書を提出し、同月二二日以降の公判期日には出頭しなかった。

(四)  他方、被告人は、同年一〇月二〇日、保釈を取り消されて収監された後、私選弁護人二名を選任した。このうち一名は、第一次第一審において国選弁護人に選任されたが、被告人との信頼関係欠如を理由に辞任届を提出して、同審第二六回公判期日に出頭しなかった者であり、また、他の一名は、差戻し後の第二次第一審の当初の国選弁護人であり、前記のとおり、公判期日への不出頭を重ねた上、辞任届を提出した者である。

(五)  第七回ないし第九回各公判期日には、被告人及び前記私選弁護人の一名又は二名が出頭したが、第九回公判期日には、出頭した私選弁護人二名のうち一名が病気治療を理由に途中退廷し、他の一名及び被告人が当日の審理打切りを強く要求したため、裁判所は、被告人らの強い要望に従って次回期日を追って指定にした。その後の期日の打合せにおいて、私選弁護人両名は、被告人を納得させるためには保釈すべきであると主張したほか、二箇月先の期日指定を要求したり、被告人の承知しない期日指定には応じられないとする態度を示したが、裁判所は、同年一二月二七日に、翌五九年一月一一日から二月九日までの間に九回の公判期日を一括して指定した。

(六)  昭和五九年一月一一日の第一〇回公判期日において、被告人が出廷を拒否したため、裁判所が刑訴法二八六条の二の規定に基づいて開廷したところ、私選弁護人両名は、公判期日の一括指定に抗議して、裁判官の忌避を申し立てた上(簡易却下された。)裁判官の在廷命令を無視して退廷した。裁判所は、国選の遠藤弁護人に電話で出頭を要請したが、同弁護人がこれに応じなかったため、弁護人が在廷しないまま当日に予定されていた公判手続の更新を行った。その後、裁判所は、公判期日ごとに、被告人及び各弁護人に対し、前回の公判調書の写しを送付し、当日には電話で出頭を要請したが、いずれも出頭しないまま、第一二回公判期日までに、公判手続の更新を終えた。第一三回公判期日には、被告人質問を予定し、事前に被告人及び各弁護人にもその旨を通知していたが、被告人及び各弁護人がいずれも出頭しなかったため、同期日には開廷することができなかった。

(七)  第一四回公判期日の直前に、遠藤弁護人は、不出頭届を提出して、被告人が行った同弁護人やその家族に対する脅迫による不安を訴えた。また、同公判期日に出頭した私選弁護人両名は、被告人の身上調査回答書及び前科調書が取り調べられた後に、公判調書の記載の正確性に対する異議申立て及び裁判官忌避申立てを行い(簡易却下された。)、さらに、被害者の再尋問の請求等を検討中であるとして第一五回以降の公判期日指定の取消しを求めたが、裁判所が証人としては既に採用され取調べ未了の被告人の妻だけを取り調べる意向を表明したことから、裁判官の在廷命令を無視して退廷した。

(八)  その後も、裁判所は、各公判期日ごとに、各弁護人に対し、前回の公判調書の写しを送付し、審理の経過を通知するなどしたほか、公判期日の当日にも電話で出頭を要請したが、被告人及び各弁護人の出頭が得られないまま、第一五回公判期日において、不出頭の証人(被告人の妻)の採用を取り消して同証人の取調べ請求を却下した後、検察官が論告求刑を行い、第一六回公判期日において、懲役一年六月の有罪判決を宣告した。

二  以上の経過に即して、第二次第一審における審理手続の適否について判断する。

1  刑訴法二八九条に規定するいわゆる必要的弁護制度は、被告人の防御の利益を擁護するとともに、公判審理の適正を期し、ひいては国家刑罰権の公正な行使を確保するための制度である(最高裁昭和二三年(れ)第七〇三号同年一〇月三〇日第二小法廷判決・刑集二巻一一号一四三五頁)。

2  被告人は、第二次第一審において、本件が必要的弁護事件であって、審理を行うには弁護人の立会いが必要であることを熟知しながら、前記のように、弁護人を公判期日へ出頭させないなど、種々の手段を用いて、本件公判審理の進行を阻止しようとしたものであり、私選弁護人両名は、このような被告人の意図や目的を十分知りながら、裁判所による公判期日の指定に応ぜず、被告人の意向に沿った対応に終始し、裁判所が公判期日を一括して指定するや、公判期日への不出頭あるいは在廷命令を無視した退廷を繰り返し、裁判所からの再三にわたる出頭要請にも応じなかったものである。さらに、裁判所が弁護人出頭確保のため弁護士会の推薦に基づき順次選任した同会会長を含む国選弁護人も、被告人の意向に従って、あるいは、被告人の弁護人本人やその家族に対する暴行ないし脅迫によって、いずれも公判期日に出頭しなくなったものである。そして、このような被告人の言動あるいは被告人の意向に沿った弁護人らの対応によって、多数回にわたり実質審理が阻止され、弁護人の立会いの下に公判期日を開くことが事実上不可能になったものであることは明らかである。

3  このように、裁判所が弁護人出頭確保のための方策を尽したにもかかわらず、被告人が、弁護人の公判期日への出頭を妨げるなど、弁護人が在廷しての公判審理ができない事態を生じさせ、かつ、その事態を解消することが極めて困難な場合には、当該公判期日については、刑訴法二八九条一項の適用がないものと解するのが相当である。けだし、このような場合、被告人は、もはや必要的弁護制度による保護を受け得ないものというべきであるばかりでなく、実効ある弁護活動も期待できず、このような事態は、被告人の防御の利益の擁護のみならず、適正かつ迅速に公判審理を実現することをも目的とする刑訴法の本来想定しないところだからである。

三  そうすると、差戻し後の第二次第一審が弁護人の立会いのないまま実質審理を行ったのは、刑訴法二八九条一項に違反するものではないとした原判断は、正当として是認することができる。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項ただし書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 中島敏次郎 裁判官 河合伸一)

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